【地震】東日本大震災から2カ月 なお不明者1万人

20110511今日は、5月11日です。東日本大震災から早くも2ヶ月が経ちました。
落ち着いてきた被災地域もあるようですが、行方不明者はまだまだ沢山おられます。

東日本大震災から2カ月 なお不明者1万人

 大漁旗と漁具の浮き「びん玉」を飾り付けた献花台で、手を合わせ犠牲者の冥福を祈る人たち=11日午後2時46分ごろ、宮城県気仙沼市

 東日本大震災は11日で丸2カ月を迎え、地震発生時刻の午後2時46分に合わせ各地で犠牲者を悼み黙とうがささげられた。大漁旗に刻まれた「祈」の文字、町長を失った町の復興への誓い。今もがれきが広がり、1万人近い人が行方不明になっている被災地は、あらためて深い悲しみに包まれた。

 宮城県気仙沼市の港近くの公園では木々を渡してつるされた大漁旗24枚がはためく中、被災者が献花台に白いカーネーションを手向けた。

 大漁旗は地元の町おこし団体代表伊藤雄一郎さん(43)が、行方不明の義弟を捜して街を歩きながら拾い集めたり、慰霊祭に賛同した船会社から譲り受けたりした。本来は船の進水式で使われるめでたい旗だが、一部は「祝」の文字を「祈」に変えた。

 町長を含め町職員の4分の1近くが犠牲になった岩手県大槌町。午後2時46分には防災無線からサイレンが鳴り響き、津波が押し寄せた住宅地を一望する城山公園では、園内の避難所で暮らす被災者らが黙とうした。

 東梅政昭副町長は防災無線を通じ「安心して暮らしていけるよう、仮設住宅への早期入居などさまざまな課題に全力を挙げて取り組む」と町民にメッセージを送った。

 自宅を流された伊藤ツギさん(82)は「こんな静かな海に津波が起きるなんて今も信じられない。復興といっても何年かかるのか」と海を眺めながらつぶやいた。

 町が壊滅した宮城県南三陸町の高台にある町立志津川中学では、追悼集会が開かれ、歌が披露され詩が朗読される中、被災者がキャンドルを手に犠牲者を悼んだ。

転載:2011/05/11 17:36 共同通信

ニュースを見ていて、自衛隊の派遣人数を段階的に減らしていくそうです。
というのも、復旧活動を長期化していくための措置だそうです。
地震の爪痕は、長く日本に被害を与え続けていくと判断したのでしょう。

管理人の「けん」も小さな活動ですが、ブログでの情報発信や、タイミングさえ合えば被災地域にボランティアに行きたいと考えています。

 

 

 

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