防寒対策:ダンボールハウスの書籍について

ゼロから始める都市型狩猟採集生活

ダンボールハウスの時に紹介したこの書籍【ゼロから始める都市型狩猟採集生活】。自分が読んでからだいぶ経っていたわけですが、改めて読むとやはり面白いのでちょっと紹介です。

下記は書籍の「まえがき」ですが、これを読むだけで、十分この書籍の面白さ(怪しさ?)が伝わると思うので、ぜひ読んでみてください。
何か引っかかる所があれば、買ってでも読む価値はあると思いますよ!
僕がそうでしたから(^^;

ダンボールハウスの神秘(?)も知ることができますよ。

はじめに

 小さい頃からずっと「家」に興味があった。
 愛用の学習机に毛布を屋根のように被せて、 その下に住み込んだ小学生時代そこで「巣づくり」の面白さに目覚めたぼくは、そのまま「将来は建築家になろう」と考えた。

 しかし、そうした巣づくりは、現代の建築家の仕事ではなかった。だから、ぼくは建築家の道から外れることとなった。そして、たくさんの疑問だけが残された。たとえば、なぜ私たちは家を借りたり、買ったりしなくてはならないのか?

 別に召使いを雇うような大きな屋敷に住みたい訳じゃない。小さくてもいい。それでも自分の息吹がかかった空間を、自分の手で作ってみたいだけのなのだ。しかし、現実には難しいのである。先祖伝来の土地や家屋を所有している人でないかぎり、家は借りたり、買ったりしなければならないものなのだ。

 でもこれ、ちょっとおかしくないだろうか?
 テニスコートとか、野球場とか、そこに広大な空間があるにもかかわらず、人間が住むためには存在していないのだ。どう考えても主客転倒だろう。
 こんなことばかり考えているものだから、ついには「そもそも、お金をもらって家を建てるなんていう仕事自体が間違っている」という結論に至ってしまった。
 こうしてぼくは、「建築家」を目指すことをやめてしまったのである。

 そして、ぼくの関心は、いわゆる路上生活者と呼ばれている人たちへと向かっていった。なぜなら彼らこそ、都市の中で唯一、自力で「家」や「仕事」を、つまりは「生活」を発明しながら生きていると思えたからだ。

 彼らは実際、都市が吐き出す「ゴミ」を自然素材とみなし、それらを拾い集めて自力で家を建てていた。ビーバーが川で拾ったものだけで巣づくりをしている映像が、頭の中でだぶった。現代でも原初的な生命力を失っていない人々がいたのである。

 それに、最初はちっとも立派に見えなかった彼らの住まいにメジャーをあてて調べてみたら、これがびっくり仰天。「起きて半畳、寝て一畳」よりやや広い合理的な空間だったのである。夏は涼しく、冬は温かい。「これぞまさに人間の巣だ」と思えるほど、小さいながらも快適な住まいだった。

 衝撃を受けたぼくは、彼らの生活ぶりを1冊の本(『TOKYO 0円ハウス0円生活』/2008年)にまとめた。

 しかし、彼らの住まいに問題がないわけではない。国有地に建てられているので、現在の法律では「不法占拠」ということになってしまう。
 そう考えると、現代の都市にはお金のない人たちが住む土地は残されていないように見える。そのことに気づいたとき、ぼくの中にさらなる疑問が湧いてきた。

 果たして人間は土地を所有なんかしていいのだろうか?
 いったい誰がそんなことを許可したのか。東京には地下鉄が走りまくっているが、地下の土地なんてどうやって所有できるというのだろう。地上は地上で、地下は地下で、それぞれ売買されているのだろうか。何だかよくわからない。

 さらには水だってなぜ所有できるのかわからなくなってきた。
 水は誰かがつくったものではない。自然にあるものである。ならば、それを管理して、お金を払わないと飲ませないということは、逆に水を独占していると考えられはしないか。
 しかし、そんなことを疑問に思う人は少ないみたいで、むしろ逆に「税金を払っていない人間は公園の水を飲むな!」なんてことを言い出す人までいる。

「人類みな平等」なんてことが言いたいわけではない。ただ、本来所有できないはずの土地や水が誰かの手で管理されており、それを使わせてもらうために一生働き続けなければならない、という今のぼくらの生活は、ちょっとおかしいのではないかと思う。

 逆に、小さくてもいいから、自分の住まいがタダで持てるようになったら、どんな社会になるだろう?それまで高い家賃や住宅ローンを払い続けるために生きてきたぼくらは、どんなことを始めるだろう?そう考えるとワクワクしてしまうのだ。そのときこそ、ぼくらは初めて、自分がこの世界で生きている意味を実感するのではないか。

 何もシステムや法律を変えろと言うつもりはない。
 ぼくらの抱いている「家」「仕事」「生活」についての先入観を一つずつ疑っていくこと。
 ぼくらひとりひとりの施行を転換させ、新たなる視点を加えること。
 それが本書の狙いである。

 まずは想像してみてほしい。
 所持金なし、宿もなし、仲間も家族もなし。きみは、そんな状態で東京のド真ん中に突っ立っている。そうだな、タイムマシンで連れてこられた原始人みたいなものだ。
 用意はいいだろうか?
 では、さっそく始めてみよう。

どうでしょう?
路上生活者の観察するような本と思ったら…まえがきだけでもなんか違うということがわかります。
何か哲学的な、幸福とは何かを問いかけてきて意外と奥が深い本でした。
自分の生活の全てが無くなっても生きてはいけるかも……と何か新しい力がでてきて、街の見方が今までとちょっと変わって見える…そんな1冊になると思いますよ(^^)

ちなみに、同じ著者(坂口恭平)の本に「隅田川のエジソン」や「TOKYO 0円ハウス生活」がありますが、情報量・知識ではこれらの方が多いかもしれません。
これらの本のまとめたような内容として「ゼロから始める都市型狩猟採集生活」があるのかもしれません。

 

 

 

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